ポリヴェーガル理論と3つのモード | TREの知識を深める⑤


この記事を書いた人

たじりなおこ

TRE(トラウマ&ストレス解放エクササイズ)で長年の悩みを解消できた経験から「TREをたくさんの人に届けたい!」という想いで活動中。2019年国際認定プロバイダー、2024年アドバンスプロバイダー取得。20代半ばからセラピストとして約7年間、解剖学に基づくメディカルマッサージ、フォーカシングをベースにしたカウンセリングを提供。2児の母。TREで健やかな毎日を過ごしましょう! 
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今回は自律神経系の新しい理論、ポリヴェーガル理論についてお伝えします。ポリヴェーガル理論は神経系の視点からトラウマ反応を理解することにとても役立ちますし、TREの振動がどのように神経系に作用しているのか理解の助けになります。

さくっとポリヴェーガル理論の概要を知りたい方はこちらの動画を参考にしてください。とてもわかりやすいです。

目次

従来の理論とポリヴェーガル理論

ポリヴェーガル理論はアメリカの行動神経学者のステファン・W・ポージェス博士が1994年頃に提唱した自律神経の新しい理論です。「ポリ」は「複数の(Poly)」、「ヴェーガル」は「迷走神経(Vagus)」という意味です。

ポリヴェーガル理論以前は…

自律神経系を「交感神経」と「副交感神経」に分けて考えられていました。
ポージェス博士は副交感神経の働きをさらに2つに分けて全部で3つの働きがあると提唱しました。

交感神経系=活動、興奮・緊張、戦う/逃げる
腹側迷走神経系=休息、リラックス、人とのつながり、穏やか
背側迷走神経系=回復、消化吸収、危険から身を守る(凍りつき・シャットダウン)

どんなはたらきをしている神経たちなのか

交感神経系

※画像はイメージです

交感神経系は背骨の中にある脊髄神経から出ている神経です。下記の内臓の働きに関与しています。

・眼
・涙腺、耳下腺、舌下腺、顎下腺
・呼吸器系(咽頭、気管、気管支、肺)
・心臓
・消化器系(胃、肝臓、胆嚢、膵臓、腸、下行結腸)
・泌尿器系(腎臓、膀胱)
・生殖器

通常時は主に心臓、呼吸、内臓の働きを調整して生命活動を支え、活性化することで運動神経の働きを助けて筋肉がスムーズに動くよう働きます。運動や仕事など活動的な場面で交感神経系が優位になることで、適度な緊張感や集中力を増すことができます。危険が迫ったときは、心拍・血流・筋肉の動きを活性化させて素早く動けるように準備をします。このとき、内臓機能は低下します(のんびりご飯を食べて消化吸収している場合ではないので)

腹側迷走神経系(腹側迷走神経複合体)

腹側迷走神経系は迷走神経だけでなく脳神経の複合体として考えられています。脳神経(第1~12脳神経)は脳から出ている神経です。その中の5つの脳神経が「腹側迷走神経系(腹側迷走神経複合体)」の仲間たちです。

①迷走神経(第10脳神経)腹側枝
…迷走神経には起始部(脳から出る出発点)が2つあり、脳の前面/体のお腹側(疑核)から出るものが「腹側迷走神経枝」で、横隔膜よりも上の部分の働きに関与しています。(耳、嚥下運動、声帯運動、気管、気管支、肺、心臓、食道)

②三叉神経(第5脳神経)
…食べ物をかんで飲み込む、聴覚(中耳の鼓膜張筋)、顔面皮膚の感覚に関与

③顔面神経(第12脳神経)
…顔の表情筋の働きと舌の前3分の2の味覚、唾液分泌、聴覚(アブミ骨筋)に関与

④舌咽神経(第9脳神経)
…食べ物を飲み込む、舌の後ろ3分の1の味覚と咽頭部の運動・感覚・分泌に関与

⑤副神経(第11脳神経)
…首や肩(胸鎖乳突筋、僧帽筋)の動きに関与

迷走神経の腹側枝(①)は哺乳類がもつ新しい神経です。①と②~⑤を合わせたものが「腹側迷走神経系(腹側迷走神経複合体)」と呼ばれ、社会交流システムを支えている神経系とされています。コミュニケーションをとる際に必要な柔らかい声のトーンや表情などを調整することで人とのつながりをサポートします。またこの神経系が適切に働くことで交感神経系や背側迷走神経系が過剰に活性化するブレーキとなります。

背側迷走神経系(背側迷走神経複合体)

背側迷走神経系は迷走神経(第10脳神経)背側枝です。
迷走神経の2つの起始部の内、脳の後面/体の背中側(背側運動核と孤束核)から出る神経で、横隔膜より下の部分に関与しています。(胃、腸、肝臓、脾臓、腎臓)

通常時は主に消化吸収を助け、ひとりで静かに休息して回復するときに働きます。危険が迫ったときは凍りつき・シャットダウンをして身を守ります。爬虫類からもつ古い神経系で、動物が“死んだフリ”をするときに働くのがこの神経系です。

ポリヴェーガル理論の迷走神経がトラウマ回復のカギ?

ユニークな迷走神経

脳神経(第1~12脳神経)のほとんどは顔や首もとまでの範囲に分布している神経ですが、その中で唯一迷走神経(第10脳神経)だけが内臓まで延びています。その名の通り、体の中を複雑な経路で広がっている神経なんですね。

そして、迷走神経全体のボリュームとしては脊髄に匹敵するくらいの大きな神経系で、迷走神経からつくられる腸(菅)神経は「第2の脳」「腸脳」といわれるほどニューロンの数が多いそうです。しかも、迷走神経の80%が求心路といって体の末梢から脳へ伝達される回路だそうです。つまり、脳からの指令が20%、体からの情報伝達が80%ということです。

わたしは、迷走神経は体の状態を脳に知らせるメッセンジャー回路のような働きも担っているのではないかと思っています。トラウマは身体に記憶されるといわれているのですが、この身体の記憶が更新されることで新しい情報が脳に送られて再処理される。その情報伝達を担ってくれているのが迷走神経なのではないかと考えています。

腹側迷走神経系と背側迷走神経系ってお腹と背中?

「腹側迷走神経系」と「背側迷走神経系」について上記でお伝えしましたが、「腹」と「背」という言葉が入っているので、わたしは最初文字通りに受け取ってしまって勘違いをしていたことがあります(笑) この2つの迷走神経は体のお腹側と背中側にわかれて分布しているという意味ではなく、迷走神経の出発点が脳の腹側(腹側枝)か背側(背側枝)かという違いから名前がつけられています。分布的には、腹側枝は横隔膜より上の部分・背側枝は横隔膜より下の部分を支配しています。

参考図書

上記の自律神経系のお話は「ポリヴェーガル理論を読む」を参考にお伝えしました。自律神経の進化史から読み解くなど読み応えがあり、ポリヴェーガル理論の深い理解が進むと思います。よければお手にとって読んでみてください。

「ポリヴェーガル理論を読む」津田真人 著
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自律神経系3つのモードの切り替わり

さて、ポリヴェーガル理論で分けられた自律神経系の特徴をそれぞれ見てきました。

ポージェス博士は自律神経系の働きを3つに分けて考えました。

交感神経系=活動、興奮・緊張、戦う/逃げる
腹側迷走神経系=休息、リラックス、人とのつながり、穏やか
背側迷走神経系=回復、消化吸収、危険から身を守る(凍りつき・シャットダウン)

この3つのモードのバランスと働きについてさらに見ていきたいと思います。

ストレスが少なく、危険を感じていないときの働き

《3つのモードの特徴》


① リラックスモード<腹側迷走神経系 >

誰かと一緒にいて安心・楽しいモードです。「社会交流システム」を支えていてる神経系といわれています。人とのつながりの中で安心しているときに優位に働いています。また、この神経系が適切に働いていることで交感神経系が過剰に興奮することを抑えたり、集団を調和的に保つ働きをしています(ヴェーガルブレーキ)。進化的に新しい神経系で哺乳類に備わっています。


② 活発モード<交感神経>

お仕事や運動、活動するときのモードです。体を動かして活動する際に、心拍や呼吸、筋肉の動きなどを調整します。適度に活性化することでほどよい緊張感や集中力が高めて活発に動くことを助けてくれます。


③ 休けいモード<背側迷走神経系>

ひとりでゆっくり休息&回復するときのモードです。静かに過ごすことで疲労の回復や消化吸収を促します。この休息が十分にとれると、人と一緒に楽しく過ごせるモード<副交感神経系>を優位に働かせることができるようになります。


ストレスが少なく危険がない状況では、時と場合に合わせてこの3つのモードが自然に切り替わって自己調整が行われています。「リラックスモード」を軸として「活動」「休息」の切り替えができていれば心身は健やかな状態が保たれます。

強いストレスや危険を感じたときの働き

《3つのモードの特徴》


① 安心・安全モード<腹側迷走神経系 >

ストレスが小さければこのモードで調整を試みますが、強いストレス、心身が危険を感じる状況ではスイッチOFFになり、交感神経または背側迷走神経系の働きが優位になります。危険が去るまで待機です。心身の安全が確保されることが第一優先になります。


② 戦う/逃げるモード<交感神経>

体を動かして自己防衛するモードです。素早く動けるように体を活性化します。身体的な危険から身を守るときはもちろんですが、精神的なストレスがかかったときにも優位になります。”神経がたかぶる”という表現がありますが、これは交感神経系が活性化しているときの状態を表しています。感情的になる状態(怒り、悲しみ、不安、恐怖)もこの神経系による反応です。


③ 凍りつきモード<背側迷走神経系>

戦えない、逃げられないような状況で働く自己防衛モードです。体の動きは固まったり、少なくなります。感覚や感情をマヒさせることで痛みや苦痛を感じないようにすることができます。急激な強いストレスがかかった場合や長期にわたるストレスが続く場合に心身を守るためにこのモードが働きます。進化の過程で一番古い神経系で、動物が命の危険を察したときに“死んだフリ”をして生き延びようとするのはこの神経系の働きです。


強いストレスや危険が迫ったとき、脳の偏桃体が作動して神経系は交感神経もしくは背側迷走神経系が優位の<サバイバルモード>になって自己防衛をします。
動物の場合は敵が来たとき、生きるか死ぬかといった場合に作動するモードですが、人間の場合は身体的な危険はもちろんのこと、精神的なストレスやダメージに対してもサバイバルモードが働くことがあります。

あなたの自律神経の調子はいかがですか?

さて、ポリヴェーガル理論に沿って自律神経系の働きをみてきましたが、わたしたちが思うよりもずっと繊細に機能していくれている神経系だとわたしは感じています。はっきりとモードを自覚できるときもありますが、ほとんどの場合どのモードで過ごしているか意識することはほとんどないと思います。

あなたの普段の自律神経系の働きはいかがでしょうか? 腹側迷走神経系が優位な状態で日常を過ごせていますか?

実はトラウマや慢性的なストレスがあると身体は水面下で「危険・ストレス」反応を続けていて、サバイバルモードが常にONになっている可能性があります。つまりどこにいても、誰といても安心してリラックスできない状態というのが大なり小なり起きている可能性があるということです。これでは疲れてしまいますよね。

心身の不調があるとき、それはもしかしたら自律神経系の調節がうまくいっていないことに原因があるかもしれません。自律神経系が健やかな状態に戻れば安心・リラックスモードに戻れるということ。次回の記事では2つのトラウマの種類と具体的な心身の反応と回復のヒントについてお伝えしたいと思います。

ポージェス博士が対談形式でお話されています。ポリヴェーガル理論がつくられた経緯なども知ることができます。

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ポリヴェーガル理論の3つのモードについてわかりやすく説明されています。腹側迷走神経系の助けになる実践的なエクササイズの方法も知ることができます。

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